木の家づくり物語[第4話]
子育て世代「家事負担を減らす家」
プロローグ
初回打ち合わせの日、無垢のテーブルを前にして、子供達と共に今井夫妻が正座している。
建次は「どのようなお住まいをご希望ですか」と聞く。
「家事を軽減し、子供達と一緒に趣味を楽しみ遊べる家を、予算2,300万円で考えています」と、ご主人が簡潔に希望を言い、今井家の家づくりは始まった。
「2,300万円のご予算で計画すると、およそ28坪程のお宅になりますがよろしいですか」
現実問題としての金銭関係を曖昧にして工事を始めると、工事のどこかに無理が生じる、その皺寄せが工事の手を抜いたり、材料の質を落としたりと、とかく建築業界で問題になりがちな部分でもある。
その無理は将来、必ず建物の経年劣化や構造的な耐力不足、あるい莫大なメンテナンス費用を発生させ、施主に大きな負の遺産となることを熟知している建次は、明確に伝えることにしている。
ご主人は少々戸惑った様子にも見える顔つきで夫人の方を向き、その顔が頷くのを確かめ、
「大丈夫です」と答えた後、少し間をおき、
「私たちは決して大きな家を望んでいる訳ではありません。小さな家でもいいので広い家が欲しいのです。小さな家でも妻の趣味である家庭菜園や私の趣味、マウンテンバイクそして二人共通の趣味の登山を楽しみ、子供達と一緒に日々遊ぶように楽しく暮らせる家を求めています」と続けた。
打ち合わせの間も、お子さんの意見も取り入れようと時より子供たちにも意見を求め、それぞれに答える子達の話を楽しそうに聞き入る両親の姿からも、子供を大切に想う両親の姿勢が印象的な家族であった。
その夕刻、
「家事を軽減し、子供達と一緒に趣味を楽しみ遊べる家、小さくても広く使える家か、ここが大きなテーマだな」
建次は、愛用のスリングチェアに寝そべるように力なく座り、自問自答するかのように呟く。
ファーストプラン
小さな家でも広く使う手法はいくつかある。日本の古い民家の、いわゆる「田の字」プランと呼ばれ、部屋の使用目的により建具を開閉し、部屋の広さを変えることができる間取りもその一つといえる。
デスクの上に黄色のトレーシングロールを広げ、シャープペンシルで机をコツコツ叩きながら
「広く使える家と家事負担を軽減する家か」
ひとりごちた途端、建次は意外と共通点が多いかもしれないと気づき、用紙の隅に走り書きをする。
・寝室は別にして壁を少なく部屋は広く
・ただし構造耐力上必要な壁は確保する、できれば建物中心付近に強固な耐力壁を
・部屋数を減らし多用途に使う
・出入口戸は最小限の枚数とする
・2階へ声が通るように吹き抜けを設ける
およそ建物は30坪1階は3×5間の15坪、2坪程の吹き抜けを設け28坪の家と決定。
ペーパー上に3×5間の四角を描き、ゾーニングを始めた。
風除室
「風除室って、玄関とは違うんですか?」
との今井氏の質問に
「地域によれば玄関戸を開け、そのまま居間に入る間取りを考えられます。しかし冬場に季節風が強く吹く、この地域では外部の冷え切った空気が直接、室内に入らないよう1帖のスペースでも風除室があるのと、ないのでは大きな違いがあります。特に、この地方の冬季には北西からの季節風が強く吹きます。この敷地は南東方向にありますので、玄関を南に向けても良いのですが、南側には水回りを配置したいので、玄関はこの位置にしています。また季節風を和らげるため北側に外部物置を配置して風除けも設置してあります」
建次は、住宅は地域に合わせて考える必要性があり、その対策を説明する。
「なるほど、ところでこの縦線が何本か書いてありますが、これは」
「あっ。コート掛けです、この風除室に奥行き有効寸法で600mmの収納にしています。収納といっても開戸をつけているだけで、床は洗い出しの土間で傘も置けるようにしています」
「アライダシ ノ ドマ って なぁに」
身を乗り出し、間取り図を覗き込んでいた長女が父親の方を振り向き尋ねる。
「ほんとだね、土間っていうのは室内で土足で歩く場所だね、京都ではニワとも言うかな。洗い出しは、お父さんも分からない」
と、建次の方を向きながら訪ねてくる。
「土間の仕上げ方法の一つですが、そうですね6から9mm程の砂利をモルタルに混ぜ、コンクリートの土間に塗り、表面のモルタルを洗い流し拭き取って仕上げる左官仕上げになります」
とご主人と建次が説明していると夫人が
「洗い出しって仕上げ、お掃除は簡単ですか?タイルの方が楽ではないでしょうか」
少し困った顔で聞いてくる。
「確かにタイルの方が楽かもしれませんが、もっと簡単に掃除をするには、目地がなくても施工できる石の方がいいかもしれませんね」
「床仕上げを石にすると、コスト高になりませんか」
家族皆が建次の言葉を聞こ漏らすまいと、真剣な眼差しで説明を聞き、気になるところでは、すぐさま質問をする様子から、この家族の風通しの良さを感じる。それは家族というより個々が自立し尊重し合う、なんとも気持ち良い家族の姿であり、その家づくりに向ける真剣さが伝わってくる。
建次は、さらに意気込み書棚のほうに向かうと、背表紙がオレンジに近い赤色の一冊を取り出し、「土間部分は合わせて約8平方メートルありますね、えーと洗い出し仕上げの金額は」
と言いながら椅子に腰掛ける。
建設物価版とは一般社団法人 経済調査会が毎年出版する施主向けの見積書を作成する際に活用する価格資料で何種類か発刊されている。建次が手にするのは「積算資料ポケット版 住宅建築編2017年度版」で各項目なのか「仮設」「土・事業」など丁寧にインデックスが貼られている。
「少し古い資料ですが、大磯洗い出し仕上げは材料と施工手間を合わせ、1㎡あたり18,200円ですね、厚み13mmの御影石で16,800〜37,100円少し幅があるな、手間賃は12,300円となっています。合わせて29,100〜49,400円ですね。土間部分を洗い出し仕上げから御影石仕上げにした場合は、およそ8万円から24万円の差額ですね」
「わかりました」
と夫人は持参したノートにメモする。
ノートの表紙には『今井家・夢の家づくり』と書かれていた。
土間・玄関
土間・玄関の説明を始めた建次の言葉を遮るように、
「玄関収納を希望していたのですが」と今井の顔が曇る。
「そうなんです。玄関と玄関収納を2坪の土間・玄関として一部屋にして北側壁面、階段下一面を収納棚にしてあります。このように一部屋の土間にすることで趣味に使う道具の手入れや、簡単な日曜大工の場所としても使えます。収納棚の奥行きは300mmから450mm程を考えています」
今井の顔が晴れていくと
「えっ。家の中で工作ができるの?じゃ、木をノコギリで切って椅子でも作れる」
「私は、縄跳びをしたいな」
2人の子は、それぞれに好き勝手なことを言っている。
「それから、ここは吹き抜けにして2階へも声が届くようにと思っています」
「それじゃ私や主人が帰宅した時、ここで「ただいま〜」といえば、もし子供たちが2階にいたとしても聞こえるってことですか」
「そうです」と建次は頷く。
「確かに、このような間取りは全く考えてもいなかったけど、土間があると子供と一緒に楽しみも増えそうだし、台所で家事をしていても帰ってきた子供の様子を見ることができるな。そしてなにより部屋を広く使えるのが良い。収納もこれだけあれば、およそ1坪の玄関収納の収納力と変わらなさそうだ」
続けて今井は、
「ところで、ここに点線で囲った下足収納とは何ですか」と聞く。
「そこは、床下に普段履きの下足を入れる所にしようかと考えています。そうですね、仕上げの方法によっても変わってきますが、およそ高さ250mmほどになり、土間と床の高さは300mmほどになりますので腰掛けて、ちょうど良い寸法かなと思います」
(※バリアフリーの基準では玄関框の高さは土間から180mm以下と決められてる。しかし踏み石などを置くか、玄関框の前に浜床などを設置して土間からの高さを180mm以下とすれば問題はない。)
洗面
風呂場の脱衣室を兼ね、明治以降の住宅に設けられるようになったといわれる洗面所。しかし吉田佳二著「間取り百年」に掲載されるた明治中期に建てられたと推定する「長野県飯田市大平宿に残る茶屋宿」の間取り図にも宿屋でありながら脱衣室はなく、風呂場へは土間から直接入るようになっている。浴室横に洗面脱衣室が現れるのは、昭和初期に建築された「渋谷の家」に1帖ほどの洗面脱衣室が記されている。同時期に建築された板橋区の家にも風呂はあるが入り口は流し(台所)から一度、外に出た左側から直接、風呂場に入るようになっている。そもそもこの時代では銭湯に行くことが多く、戸建て住宅に浴室、洗面脱衣室が設けられる方が珍しい時代だったと思われ、各家庭に浴室と共に洗面脱衣室が設けられようになったのは戦後しばらく経てからだろう。
建次は兼ねてから洗面脱衣室という近世になってから発生した一部屋が、住宅に必要なのか疑問視していた。花粉症を患っている方は帰宅直後に手洗いと、洗顔、うがいをしたいと望む声が多く、さらに2020年、新型コロナウイルスの感染症問題で帰宅直後の感染対策として、どこにも触れることなく出来ればシャワーを、少なくとも手洗いうがいが厚生労働省が公表した「新しい生活様式の実践例」で推奨された。
「洗面脱衣室はないのですか」
「一つの提案なのですが」と建次は前置きして、
「一般的には洗面脱衣室と、洗面と脱衣室一緒に独立した一部屋にしますが、洗面は玄関近くで帰宅時すぐに手洗いと、うがいが出来る開放的な場所に設置した方が使いやすいのではないでしょうか。また食事前の手洗いや食後の歯磨きも、ご両親の目の届くところであれば、その場でアドバイスも出来るのではないかと思います」
と考えを伝える。
今井は少し悩んだように考え込んでいるようだ。
「どう思う」
と、妻の方を見る。
「私は良いと思うわ、だって子供たちは今でも洗面所で歯磨きするより私の横に来て歯磨きしている方が多いわ、それに帰宅直後に何処にも触らず手洗いできるなんて機能的じゃない、それにこの場所であれば、トイレから出て手洗いにも困らない」
「そうだな、ただ洗面の収納力だな、特にタオルは家族の人数分を掛けれるようにしたいのと、洗ったタオルはこの近くに置けるよう少し考えてもらえますか」
ほっとした顔で建次が答える
「わかりました、収納力はもう少し増やせるように考えましょう」
脱衣室
家事の一つ洗濯を軽減するには「脱ぐ→洗濯→干す→しまうが完結する部屋」である。言ってみれば脱衣・洗濯・物干し・クローゼットを一部屋にすることだ。そして季節が良い時期にはやはり外部の物干し場で洗濯物を乾かしたいだろう。
今井からは今直ぐではないが、ガス乾燥機を購入するとも聞いている。
「南側に浴室と脱衣室を配置してくれたのですね。これまで幾つかプランニングをしていただいたのですが、南側に浴室を配置したプランは始めてです」
「そうですか。南側に浴室を配置したのは、日差しがある南側に浴室を配置し風通しを良くすれば、少しでもカビの発生を少なく出来るからです。カビの発生を少しでも減らすことができれば、家事負担の軽減にもつながるのではないでしょうか」
「そうか、暮らし始めてから思わぬ家事の負担が増加することもあるもんな。ところでここには脱衣・物干・WICと書かれていますが、この一部屋の用途が脱衣室と物干し、クローゼットを兼ねるということですか?」
今井は脱衣・物干・WICと書かれた部分を指差す。
「そうですこの一部屋で脱衣、洗濯、物干し、洗濯物をたたみ収納をします」
建次は家事負担を減らす工夫として、洗濯作業を完結できる広めの脱衣室を提案した。
今井は感心することもなく脱衣・物干・WICに引かれた線を指さし
「ここに引かれた線は何です」
建次は、もっと今井が感心するだろうと予想していたのに、何事もなく次の質問をする今井にちょっと拍子抜けした。
「ここは収納部分になります。そうですね高さ850から900ミリくらいのカウンターにして下部が収納です。カウンター上では洗濯物をたためるようにしては如何と考えています。コンセントを付けるとアイロン掛けも出来ます」
「収納力はどれくらいになります」
「そうですね。MUJIのポリプロピレン製衣装ケースとすれば、高さ240ミリの製品で3段にキャスターを付けも余裕で入ります。幅400ミリですから、この場所の内寸が2300ミリで仕上げると、5台並べて40センチほどの空間ができますね」
建次はウェブサイトで衣装ケースのサイズを確かめながら答える。
「1人、衣装ケース3個分と家族が一緒に使うタオル用などに3個ですね」
「下着と靴下で1段、普段着のTシャツにジーンズ、それぞれに1段づつあれば大丈夫か」
「そうね、壁面いっぱいに天井までの収納を考えていましたけど、ここには下着類と普段着の収納であれば大丈じゃないかしら」
「それに、この広めの作業用カウンターは何かと便利そうだよ」
今井夫妻は言葉を交わし建次に告げた。
「ここの収納はこれで大丈夫です。ただ収納力は増やしておきたいのでカウンター下の引き出しは木で造って下さい」
「ところで物干し竿は何処に吊すのでしょう」
「物干しはカウンター上が良いのではないでしょうか。ここでしたら洗濯物を乾かしていても邪魔になりません。また浴室にも干すことができますし、建具は3枚引にしていますので脱衣室にエアコンを取り付けておけば、冬場に浴室も脱衣室も一緒に暖房ができます」
最後に夫人が
「でも、基本的に洗濯物は外に干したいので、ここのデッキ部分をもう少し広げ物干し金物をつけてくださるかしら」
「もちろん、そのように計画していますので、ここのデッキには屋根を付けています。もし必要であれば、デッキ部分に建具を入れサンルームとして使えるようにしておきましょうか」
と、建次が新たな提案をすると
「それはありがたい、そんなことができるのですか。でも工事費が嵩むでしょう」
「金額にして建具1枚3万円として7枚入れても21万円ほどでしょうか」
「それくらいなら、断然使い勝手が良い方が良いよね。是非お願いします。でも、さすがですね!このようなプランは考えてもいませんでしたよ」
と、いうと今井は夫人の方を向きにっこり微笑んだ。
LDK
「LDKは何帖程ですか」
「LDKだけで18帖ほどになります。土間と洗面を合わせると24帖ほどの空間ですね」
建次は間取り図の上を鉛筆で区切るように印をつけながら答える。
予算の関係で延べ床面積を30坪弱の総二階と設定した。広い部屋の方が動き易く、掃除が楽になると考えた建次は、1階はなるべく広くと1階床面積が15坪の内12坪分を一部屋とした。
驚いたように今井が
「合わせて24帖ですか、この小さな家にしては思っていたより広いですね」
「広くした方が掃除が簡単でしょうし、気持ちよく暮らせると思いますよ。この配置の基本は古くから伝わる間取りの一つです。玄関から入と土間があり、そこを抜けると台所がある京都の古い民家の形に似ています。台所が土間では使いにくいので床を張っていますが」
「そういえば京都で、そんな家を見た記憶があるわ、プランを最初に拝見した時、なんだか懐かしいように感じたのはそのためかしら」
夫人が遠くを見るように続ける。
「ウッドデッキも傾けてあるんですね」
「45度傾けることにより、室内から見た時には、さらに広がり感が増すと思います。板の張り方はこれで良いのか現在悩んでいますが」
「居間にも掃除機などを仕舞う収納が欲しいです」
「もちろん考えていますよ。この冷蔵庫の居間側が奥行き450mmほどで天井までの収納とキッチンカウンター下にも居間側に収納が取れます。もし、それでも不足するようでしたら、この窓の位置を移動するかスリット窓にして、テレビ台のこの場所に壁面収納を作ることもできます」
建次が脱衣室横の壁面を鉛筆で指しながら答える。この家もヒアリングシートに記載された持ち物リストから収納量を計算していた。掃除がしやすい家には十分な収納力が必要だ、収納不足は床に物が散乱し掃除しにくい家になると、収納力には最も気を使う。
「ところでキッチンの収納は」
夫人の問いに
「キッチンと冷蔵庫を並べ、バックに幅2間およそ3600mmの収納を考えています。棚の奥行きはこれから決めれば良いかと、カウンター下は引き出しにしてもいいですよ」
と建次はこたえ、表情を曇らせる。建次は台所の収納が少し不足しているのではないかと気掛かりなのだ。
「家電製品はこのカウンター上ですか?家電製品はカウンター上に横に並べるよりも、何処かリビングから見えなくしたい」
「そうですが、あまりリビングから見えない位置でしたら、冷蔵庫前に縦に並べる棚にしましょうか」
「そうね、それと収納を増やしたいから、思い切ってこの窓は止め、壁面全面を収納にしても良いですか」
と今井夫人の判断は早く、建次は感心しながら頷く。
「冷蔵庫の位置は私が思っていた通りだわ。台所って結構、危険がいっぱいで子供たちや、あなたが台所に入ることなく飲み物を取り出せるといいなと、思っていたの」
L字型に空間を広くしたこの間取りでは、冷蔵庫を囲む壁は耐力壁として重要な壁だ。冷蔵庫の位置が、もし希望に叶わなければ再度、全面的な計画が必要になるかと案じていたが、その必要はなさそうだ。
フリースペース
今井家の希望でスタディーコーナーは、1階の居間に設けたいと書かれていた。建次は、この家の場合、1階は活動的な趣味と遊びの空間として使い、静的な空間は2階とするメリハリの効かせつつ、緩やかにつながる空間にスタディーコーナーを設置するのが良いだろうと考えた。
また、面積的に制限がある家では、出来る限り空間を多用途に使いたい。
「スタディーコーナーは、ご希望では1階の居間にと聞いていましたが、吹抜けに面した2階に設けました」
机の上に置いた両手の指を交差させ建次は、子育て問題も含むスタディーコーナに関して少し控え目に話し始めた。
「1階と空間が繋がり、落ち着いた場所にスタディーコーナーを設けました。吹き抜けに面すると落ち着かないと感じるかもしれませんが、机前には座った時に目線の高さまでのパネルを設けますので大丈夫でしょう。幅900mmの廊下は、900mmだけなら通路としか使えませんが、こうしてテーブルを設置すれば立派なスタディーコーナーとして空間を多用途に使えます。またここのフリースペースは家族の図書館のようなスペースを考えています。ここに長椅子や最近、流行りのビーズクッションなどを置いても良いのではないかと」
「実は私たちも居間にスタディーコーナーを設置するのか、しないのかを考えていたところですよ」
と今井が答える。
「1階にスタディーコーナーとしての場所を作っても、そこで勉強するとは限らないでしょ。そもそも勉強と学習は違うのではないか、私だって親から『勉強しなさい』なんて言われるのが、とても苦痛だった記憶があります」
「昨今、教育方針の問題では様々な弊害が指摘されていますね」と建次が続く。
「住宅を新築するなら、子供たちが自ら学習できる場所を考えておく事が大切かなと思うようになってきたんです。小学校3年頃までは親の近くで絵を描いたり折り紙したり、まあ学校の宿題もあるのかもしれませんね。その後は少し離れた場所になるのかな?1人静かに本を読みたいこともあるでしょう、何か調べ物をするには広めの机が必要となるでしょう。何か、そんな仕掛けを作っておけると良いかなと思う一方で、そんな仕掛けがいっぱいあると集中力のない子供に育つかな、という不安もないわけではないの。家事負担を軽減するのも子供たちの協力も必要だし、子供たちにも積極的に家事に参加してほしいとも考えているのよ。あなたたちもお願いね」
夫人は憂いた微笑みで子供達を見る。
子育て中の両親にはどこにでもある悩ましい問題である。
もちろん建次は家族の考えを「かたち」にするのが仕事であり、家族で決める子育ての方針には口出しせず、ただ2人の真剣な顔を見て頷く。
「とにかく子供たちのことは、もう少し時間をかけて考えよう。でも、このスタディーコーナーの考え方は、私たちにとって大変に参考になる案であることは間違い無いようです。ちなみにこの机の幅は2間分ほどあるようですが、間違いないですか」
「その通りです」と建次は答えた。
子供室
「子供室は眠るだけと考えていましたので、3帖もあれば十分かと思っていましたが、この子供部屋は3帖よりも、もう少し広そうですね」
「そうですね二部屋合わせ9帖ありますので、一部屋あたりは4.5帖です。収納分が1.5帖使っていますので一部屋あたりの床面積は7.5帖の半分で3.25帖ですね」
「えっ?3.25帖ですか?」
今井は、なんとなく不思議そうな視線を建次に送る。
「部屋の間仕切りを壁ではなく、収納はパネルで仕切りをしているので広く感じるんです。パネルで仕切っておけば、将来お子さんが自立した時、子供部屋をつなげ9帖の一部屋として使えるようにしています」
「なるほど。ということはこの間取り図では二部屋にしていますが、今は一部屋として将来二部屋に分けても良いのですか」
「もちろん、可能です。それから念のためベッドと机も書き込んでありますが、これは将来のレイアウトです。ベッドに乗っていて窓から転落するという悲惨な家庭内事故が発生しないように、ベッドは窓がない場所に置けるようにしています。東側の窓はオーニング窓のように身体が外に出ない窓を考えています」
建次は悲惨な家庭内事故を1件でも減らしたいと願っている。家庭内事故による死亡者の人数は、2018には交通死亡事故の、なんと4.2倍にもなっている。そしてその多くは事前に対策を施しておけば防げたのではないか、あるいは設計者が家庭内事故を予測し、対策を施すという想像力の欠如にあるのではないかと考えている。
「わかりました、机とベッドも置き、これだけの収納と部屋の広さがあれば十分です」
今井は満足そうに答えた。
寝室・クローゼット
「寝室は8帖ほどでクローゼットが4帖ほど、合わせて12帖になります。クローゼットの中は無垢材で仕切り、季節物の布団を入れる場所と洋服をかけるパイプを取り付けてます。寝室との仕切りは奥行き300mmほどの収納棚、寝室側には小さなテレビでも置けるよう、750mmほどの高さにカウンターを付けます」
建次は鉛筆で、その場所を指しながら説明する。
「この収納棚は便利そうだな」
今井の問いに夫人が続けて言う。
「そうね鞄とか雑多なものを収納するには良さそう。せっかく計画していただいた季節物の布団は年2回ほどの出し入れですから、洋服掛けと場所を入れ替えてください」
「そうですね」
そのように指摘され建次は、言われてみれば確かにその通りだと、バツが悪そうな顔で苦笑いをする。
「それから」と、今井は前置きをして、
「ベッド前には携帯電話を置けるよう、ヘッドボードが必要かな。それと1帖でも良いので机を置き書斎として使える場所が必要です。どこかに考えられませんか」
建次は少し考え込み、
「スタディーコナーのカウンターを少し狭くしてもよろしければ大丈夫です」
と答える。
プランニング No-2
1週間後、建次は訂正した間取り図を提出した。