子育て世代「2階リビングの家」

木の家づくり物語[第5話]
子育て世代「2階リビングの家」

子育て世代の家「2階リビングの家」

プロローグ

建次は「中川家住宅仕様要望書」をじっと見ている。

「基本コンセプトは、子供が健やかに成長できる家か」と呟く。
要望書は全部で6ページ。
基本コンセプト4項目から始まり予算、基本仕様、各部屋への希望、設備や使用建材に加え、家族4人のライフスタイルまで事細かく書かれており、設計を依頼された中川さんの熱い想いが伝わってくる。

建次は2項目目の「予算」に目を止める。
「総額4800万円か」
内訳には下記項目が書かれていた。
土地関係 1,900万円
建物本体(基本設備含む) 2,250万円
登記等経費 60万円
地盤調査・改良費 100万円
付帯工事(薪ストーブ・アンテナ等) 150万円
外構・作庭費・外部物置 200万円

「建物本体2,250万円は厳しいかな?この工事金額で坪単価80万円とすると、およそ28坪の家か。小さな家は割高になるから28坪より小さくしないと無理かもしれないな」
と、独り言を言いながら、ゆっくりと天井を見上げた。
「まずは地盤改良の必要があるか確認するか」
とパソコンに向かいハザードマップと地盤調査会社の実績報告を掲載しているサイトを確認し始めた。

サイトでは、とても複雑な地域で地盤改良を必要とする箇所と、不要な場所が入り混じる。
「重要な予算構成だからサイトの確認だけでは無理だな、調査会社へ依頼するか」
と、愛用のアイフォン を手にとる。

調査会社の報告書が上がってきたのは1週間後になる。結果は地盤改良は不要であったことから、地盤調査・改良費の予算100万円は建物本体工事に加えることができる。

これに加えて付帯工事のアンテナ工事は通常、本体工事に含んでいるので不要。薪ストーブは少々小さなものを選び80万円程に抑えるとして70万円を回し本体工事は合計で2,420万円にて計画を始めることとした。

建次は、住宅会社の中には工事金額を上げるため、多少増額になるように計画する会社もあることは知ってはいるが、経済的な負担増は新築後の暮らし方に大きく影響を及ぼすので、予算内に収めることは、住宅を計画する上で最重要項目であると心がけている。

「予算2,420万円だと坪単価80万円として30坪か、小さな家は割高になるから2、3坪小さな方が良いだろう。しかし今回は3間x5間、太い構造材を使くても構造的に有利な個室を1階、天井を高くできる2階を居間にする15坪の総二階、逆転プランで計画するか」

と言いながら「★star B4建築方眼」に、B3の芯が入った黒のロットリング500でスケッチを始めた。


ファーストプレゼンテーション

30坪 子育て世代「2階リビングの家」

その日、プレゼンの場に中川夫妻が少し緊張した面持ちで座っている。
「かなり建築予算が厳しいようですが、プランが出来たと伺い嬉しくって飛んできましたよ」
と、私が話しかける前に中川さんから気遣いの言葉が出る。

建次は内心、心遣いが嬉しく、こりゃ最後まで付き合わなければならないなと、苦笑いしつつ答える。
「いえいえ、予算調整も設計士の大切な業務です、お気遣いありがとうございます」
「以前、設計をお願いした住宅会社さんで、私達の希望をかなえるとしたらおおよそ35坪程の家になり、概算予算で2,650万円と言われ、さらに内装の仕上げが全てビニールクロスになると言われました」

「そうですか、確かご希望の仕上材は透湿効果が高い自然素材でしたよね」と言いつつ建次は要望書を確認する。
「ええ、そうです」と中川が答え、夫人が小さく頷く。
「とにかく間取り図をご覧いただけますか」と言いつつA4サイズに描かれた総二階建て30坪弱の間取り図を、二人の前に広げた。

「えっ!2階がリビングですか?」
建次は、中川夫妻の様々な要望を満たす解決策として、1階を個室、2階に居間を配置するいわゆる逆転のプランを考えた。
一般に主流を占める1階を居間にするプランでは、階高(1階床と2階床の高さの差)が、およそ3000mmに比べ、1階を個室にすることで階高は2200mmほどまで抑えることができる。

この800mmの差は外壁面積や工事用の足場面積を少なくできるので、ローコスト化できるとともに、建物は1階に壁が多く、階高を抑えることにより構造的にも優位に働く。

この住宅は、如何に予算の問題を解決するかが、設計士に与えられた課題であることを承知している建次は、ローコスト化への提案からはじめる、
「地盤改良等費用を建物本体工事費へ振り向け、2,450万円で計画しています。坪単価80万円として最大30.5坪までですが、30坪ほどの家は40坪程の家の1割ほど割高になります
ので本来でしたら28坪ほどに抑えたいところですが、今回は逆転プランにすることで僅かでもローコストに働くよう考えてみました」
「なるほど、こんな解決方法もあるのか」
と、中川夫妻は身を乗り出して聞いている。
建次はローコスト化への工夫を交えながら各部屋の説明を始めた。


ポーチ・玄関

子育て世代「2階リビングの家」ポーチ・玄関

「ポーチは、お子さんの自転車置き場としても仕様できるように、広めで屋根を掛け、外部収納も設置しました」
「要望書には書き忘れていたのですが、この外部収納には車2台分のタイヤも収納する予定でしたが、狭くはないでしょうか」
と、中川が申し訳けなさそうに一言。

「あっ、そうなんですね、ではそれは課題としておきましょう」
建次は続けて
「居間を2階にした場合の大きな問題の一つは、お子様が帰宅して子供部屋へ直行し、親と顔を合わせなくなること。もう一つは高齢になり、階段を上げれなくなった場合の問題です」
と、大きな欠点を指摘した。

「ところで、この点線で書いてあるのは何ですか?」と、中川は玄関収納の四角点線の中に「EV」と描かれた部分を指した。

「万が一、必要になった場合、2階をスタディーコーナーとして家庭用エレベータを設置する場所です」

そうか、その手があったのか高齢になった際、改装工事が必要かと考えていたが、こうしてエレベーターを設置することで解決するなら、景色を楽しめ開放的な居間で暮らせる逆転プランも良いかもしれない、それに階段の上り下りは高齢者にとって、かなりの運動で脚力の運動能力低下に効果的だとも聞いたことがあると、新築後の暮らしを想像する中川だった。


子供室

子育て世代「2階リビングの家」子供室

子供室の説明に移り建次は、
「図面には子供室を2室にして描いてありますが、新築時は一部屋でいいのではないでしょうか。真ん中の収納部分は建具で仕切るだけで良いと思います。当面は仕切らずに子供専用の遊び場として、ジャングルジムを置いても良いですし、電車のレールを部屋いっぱいに敷いても良いのではありませんか?」

確かに居間に大きなおもちゃを置かれると、真剣に遊んでいる時「ちょっと邪魔になるから片付けてくれる」などと親の都合で邪魔すると、子供の集中力を欠き落ち着きのない子供になるという。

が、2階が居間を居間にすることには少々抵抗があるな〜と、思っているところに。
ふと、妻はずーっと見続けていた間取り図から目を離し顔をあげると、なにやら思いついたような笑みを浮かべ、
「私、子供達が独立したら、お裁縫教室を開きたいなって考えていたの」
ご主人の方を向き言葉をかける。

「えっ!そんなこと考えていたの、それは楽しみだね応援するよ。それならこの子供部屋を使うと1階で、ちょうど良いんじゃないか、俺は趣味の部屋にしたいなと思っていたけど」
「大丈夫。あなたにもこの部屋を貸してあげるから、ところで二人で使うとなると収納がいるわね」と気忙しい妻は、まるで明日にでも教室を始めるかのように心配している。

夫婦の会話を聞いていた建次は、
「大丈夫です。そんなこともあるかと思い子供部屋の収納は建具で計画しています。一部屋としてお使いなら、この引き戸を再利用して寝室側に奥行き600mmの収納を作ることができます」と答えた。



寝室

子育て世代「2階リビングの家」寝室

寝室は、3帖のウォークインクローゼットを通り1間半かける3間、9帖の広さ。廊下との間に半帖で寝室側には引き戸、廊下側には両開きの扉が付き両方から使える収納が付く。

部屋には南側に1間幅の掃出し窓、西側には幅600mmほどの窓、北側にはカウンターが付き右端に300mm程のスリット窓が付く。

「ご希望では6帖間ということで、洋室にするか和室にするか迷われているご様子したが、確かに和室6帖であれば、現在お子様と4人と川の字でお休みになれますが、将来はベッドにされたいとのことでしたので、計画では9帖分のスペースを確保しておきました。
9帖分のスペースがあれば、この間取図の通りでも良いですし、収納が多い方がよければ、6帖間とWICを広げ廊下から出入りすることも考えられますし、あるいは北側に押し入れを付け、7帖半の寝室にしても良いかと思っています」
建次は、中川の暮らし方を確かめるかのように寝室のレイアウトを何種類か図面に書き込みながら説明する。

「うーん、子供部屋は3帖部屋で寝るだけで良いと思っていたのですが、妻が将来、教室を開きたいというので子供室は少々広くしておいた方が良いかと思いますが、この子供部屋は何帖になりますか」
「真ん中の収納を入れ寝室と同じ9帖ですね」
「それならば、寝室と子供室の間を押入れとして子供室を合わせて7帖半でも大丈夫ですか」
「それも良いかもしれませんね」
二人のやりとりを聞き、夫人は「私の意見も聞いてくださいよ」と唇を尖らせつつ和かに口を挟む。


2階 居間

子育て世代「2階リビングの家』居間

ん?玄関は?そうだ2階リビングの家だった。
1階に居間を配置すると、これだけ広めのLDKにスタディコーナーは無理そうだ、「2階リビングで計画したのは面積の関係もあるんですか」と。中川が聞く。

「住宅のコストコントロールには、間取りに無駄なところを作らずコンパクトに仕上げること、同じ延べ床面積であれば総二階にする方が経済的に有利に働きます。ただし、総2階にするには、1、2階の面積バランスを揃えなければなりません。
1階に居間と3帖の和室、台所に浴室などの水回り、玄関、収納を配置すると1階がおよそ17、8坪、2階が12、3坪となり総2階にするには吹抜けや無駄な部屋を設け調整するか、2階に浴室を設けることになります。
暮らしを考えると、1階に居間を設け2階に浴室をレイアウトすると、入浴時や洗濯など家事銅線に階段を入れると、なかなか大変だと思うので居間と水回りは同じ階に配置したんです」
と建次が間取りの考え方を説明してくれる。

これまで他の住宅会社でも新築住宅の打ち合わせをしてきた.しかし間取りの段階からコストコントロールを行ってくれた住宅会社に出会うことがなかった中川は、感心した様子で聞いている。

そこへ夫人が「このスタディーコーナーの位置が良いですね」との一言。

「あっ!お分かりになりますか?嬉しいですね。
台所仕事をしながらでも、勉強中のお子さんの様子を伺えますし、程よく独立した空間にも感じます。さらに階段側に高さ2,000mmの本棚を配置しているんですが、その上は階段と同じく、オープンの天井とすることで空間の広がり感をもたさせたいと考えています。
また冷蔵庫の位置も、まだ小さなお子さんにとって危険なものが多い台所に入ることなく、庫内の飲み物を取り出せる位置にしておきました」


和室3畳

「子育て世代」総2階建て・2階リビングの家:和室3畳

「和室は押入れを含め4帖ありますので、11帖の居間を15帖にしても良いのですよ」
和室をシャープペンで指しながら建次は話を続ける、
「押入れは床から600mm程上げ、吊り押入れとして奥行きは座布団が入る程度にすると空間が広く感じます。居間との間に入れる建具は壁に引込み戸として、開口部は幅2,200mmほどになり普段は開けて使えます」

「要望書には和室の記載ありましたっけ」
と、中川は不審そうな顔で訪ねる。
「いや、要望書へ和室の記載はありませんでした。下の娘さんが2歳ということで、まだお昼寝するでしょうし、お母様がたまにお泊まりになるようでしたので畳の部屋がると便利ではないでしょうか」
「確かに1、2泊でしたら3帖でも十分ですね」
中川は感心した様子で頷く。
「あら!私は居間はもっと広い方がいいわ。母が来ると言っても日帰りの方が多いじゃない」
「それもそうだな。家族の家だから家族が暮らしやすい方が良いか。建次さん、瀬角の提案で申し訳ないけど、ここは居間を広げてくれないか」
「では、この3帖は止めましょう。そんなこと悪くないですよ、そのために打ち合わせしているんですから。その他にも気になることがあれば、なんでも遠慮なく仰ってくださいよ」


洗面・脱衣・浴室・トイレ

子育て世代「2階リビングの家」洗面・浴室・トイレ

「お嬢さんがいらっしゃるので洗面所と脱衣室を分けてました」
建次が言う。

不思議そうな顔で中川が続く。
「それはありがたい。でも、なんだかこの壁、他の壁より薄く見えるんですけど」

建次は言いにくそうに眉をひそめながら、
「冬場や梅雨時のため、できれば物干し場を作りたかったのですが、床面積に限りがあり物干し専用のスペースを見つけることができず、脱衣と洗面の間を建具で仕切り必要となれば開け放ち、物干し場としても使えるようにしています」

「室内干しでは乾きにくくありませんか」と主婦らしい質問がある。

「大丈夫ですよ、室内の仕上げは杉の無垢材と漆喰で仕上げます。冬場に暖房をすると木の家は乾燥気味になるので、よく洗濯物が乾きます。先に建てた住宅にお住まいの話では、厚手のジーンズでも一晩でカラカラに乾くと仰ってました」と建次は答えている。

二人の話を聞いていた中川が口を開き「ところで、和室3畳となっている場所を水回りにして、南北に抜ける居間にできませんか」と聞く。

建次は、その間取りも考えていた、南北に抜ける居間は風の通りもよく、その空間も心地よくなるものと想像していた。しかし、その場所の1階は寝室としており、子供たちが成長すると生活時間が変わる。両親が就寝中に子供達が風呂やトイレを使えば、夜の寝静まった時間に、いくら吸音材を巻いた排水管を使用しても排水音が気になるだろうと、計画案から外しておいた間取りだ。

2階リビングの家で2階に水回りを配置するとき、直下階に寝室があると排水音が気になることがある。水回りの下には寝室を配置しないよう十分気をつけなければならないのだ。

全体の説明が終盤に差し掛かると中川は、
「それと最後に申し訳ないのですが」と前置きし、
「昨今のご時世でテレワークの時代になり、いや2帖ほどでいいので、この30坪の家に書斎を設けることは出来ませんか?」

限られた面積の家には、かなりきつい注文だ。
建次は、間取り案を提出する時こんなこともあるかと常に床面積は少し小さめに抑え計画している。
「要望書ではお子様の部屋を3帖程とご希望されていたのですが、この案は少々広めにしてあります。この子供部屋を少し狭め、子供部屋の北面外壁を移動すれば書斎を計画することができるのではないかと思えます」
と、すでに新たな間取りが頭の中にあるように、自信を持って答えた。

後日、提案された間取り案

建次は、どちらを勧めるか思案中である。

No2-1

「子育て世代」2階リビングの家

No2-2

「子育て世代」2階リビングの家No2